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2013年9月18日水曜日

教師という仕事と授業技術




授業アンケートでは、授業における指導力を要素分解して、それぞれの要素の重要度と満足度を分析します。
しかし、要素的であることには限界があります。

ある授業がうまくいくかどうかは、その授業に対して準備する熱量と時間、技能と経験があったかどうか、そのクラスとの関係性を構築するうえでの相性と期間・取組、その単元についての自身の理解や体験、その日授業をする時の教師と生徒のコンディション、授業の流れの中での生徒の反応、そうした様々な条件や不確実性をコントロールして、偶発性の中で自然と身体が動くかどうか、こうしたことまで授業アンケートだけでは測りきれません。

授業の「技術」というと、何か確かなものが想起されるかもしれませんが、それを言葉で伝えようとすると授業の「肝」になっていることをつかみ損ねてしまうような隔靴掻痒の思いをします。

しかし、授業の名人・達人は存在します。では、何がその先生たちを名人・達人たらしめたのか。それは、リフレクションなのだと思います。

上智大学の奈須正裕教授が「教師という仕事と授業技術」という本で、名人は授業の上達のために何かしら継続して行っていることがあると言います。
「放課後、教卓に座り、子どものいない机に一つづつ目を落として、今日この子はどうしていたか、自分はこの子に何をしてやれたかを考える」
「自分の授業をテープに録音し、授業記録におこし、行き帰りの電車で何日も繰り返し読み込む」
こうしたリフレクションに基づく改善を地道に継続した結果、驚くような授業が生まれるのだそうです。

その他、授業を振り返る際の視点もいくつか紹介されています。

「この単元では、学習指導要領の内容項目の何番と何番を狙っているか」

「どうせやるなら本物を目指す」

「その子の言おうとしていることを、教室の誰よりも教師自身が聴きたい、知りたいと思う」

「予定を消化するために先に進む『技』よりも、止まるべきところでキチンと止まる『技』の方が、より高度にして本質的である」

「多くの教師は前半部ではよく止まるが、残り時間が減ると止まらなくなる。名人はむしろ後半部においてよく止まる。」

「一つの単元を生み出すのに、3種類の異なる流れを考えてみる」
「指導案と現実のズレこそ重要な情報である」

「研究の勢いが衰えない学校は、必ずと言っていいほど子どもの学びを研究の中心に据え、常に具体的な子どもの姿を語ることから、すべてを開始している」

「丹念な実践の事実との向かい合いから紡ぎだされた言葉こそが実は確かな理論」

などです。

初任者であれば、まずは自分の授業をICレコーダーやビデオに収録して、丁寧に授業記録を起こすという作業から始めましょう、と提案されています。そして、超一流の授業や先生に深く親しむことが大事だといいます。しかし、何か超一流であるかは素人にはわかりません。そこにこそ、先輩教師が助言できることがあるのかもしれません。

http://www.amazon.co.jp/教師という仕事と授業技術-学力が身に付く授業の「技」-奈須-正裕/dp/4324078335/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1379480004&sr=8-1&keywords=教師という仕事と授業技術

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