2013年6月6日 フェイスブックより
前回はe-ラーニングをとりあげましたが、今回はその逆というような、灘校国語教師の橋本武先生の「奇跡の教室」を取りあげたいと思います。
その授業は、「銀の匙」を3年間かけて読むというスローリーディングです。
これは、とても勇気のいる決断ですし、毎回読む場面に応じた仕掛けを用意することは、単に教科書をこなすだけの授業よりも準備に時間がかかると思います。
こうした授業ができるのは、灘の生徒だからという声もありそうですが、「あなたは中学時代の授業の内容を覚えていますか。先生のことは覚えていても、何を読んだかまでは覚えていないんとちゃいますか。何も残っていない。ゼロ。そうしたことを自分はやってたんやなぁ、と思った。」というのがきっかけだそうです。これは、先生をされているのであれば、誰しも思うことなのではないかと思います。
そうした授業を、弁護士になった生徒は「こちらで勝手に疑問をもつように、誰もが興味をもつような、それから自分でどんどんのめり込むような工夫のある授業だった」「一生忘れちゃいけないんだよ、という物の見方や感受性を伝えたかったのだと思います」と振り返ります。
また裁判官になった生徒は、「最後にものをいうのは法律知識でなく、教養などといわれる、ベースになるものの考え方。それを教えてもらった。」といいます。
「国語はすべての教科の背骨だ」という言葉はよく言われますが、それを鍛えるために、これだという本を選び3年間教えるには、教師の側にその本にとことん向き合い、深く入り込んだ経験がなければできないことだと思います。そうした一冊を持っているか、という質問は、かなりクリティカルな質問のように思います。
2ページづつ、各人で表題を付け、グループでどの表題がよいかを議論する。友達といろいろ話し合い、自分でわくわくするような発見をし、書き込んだプリントが、最後に研究ノートとして一つの冊子になる。こうして、ゆっくりと、ゆたかに流れる時間に浸るような授業が受けられる中学校っていいですよね。
http://www.amazon.co.jp/奇跡の教室-エチ先生と『銀の匙』の子どもたち-伊藤-氏貴/dp/4093881634/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1370486376&sr=8-1&keywords=奇跡の教室
追記(2013年9月2日):
しかし、橋本先生に関する著作を色々と読むと、小説や古典について毎月課題作文を書いたり、古典についてグループ研究をして論文集を作成したりと、かなりハードな課題もあったようです。橋本先生は、「書く」ということの習慣化を特に意識されていたようで、体験を通じた知識の身体化や思考の深化を目的としたスローリーディングの背骨を支えていたのは、こうした課題だということがわかります。
すなわち、授業において徹底的に生徒の関心を高め、課題において生徒の心身を鍛え上げる、そしてグループ討議を通じて思考の幅を広げたり深め、プリントや論文集を和綴じにして目に見える形にして学習ポートフォリオを作成する、という様々なアプローチを統合した授業をされていたことがわかりました。
前回はe-ラーニングをとりあげましたが、今回はその逆というような、灘校国語教師の橋本武先生の「奇跡の教室」を取りあげたいと思います。
その授業は、「銀の匙」を3年間かけて読むというスローリーディングです。
これは、とても勇気のいる決断ですし、毎回読む場面に応じた仕掛けを用意することは、単に教科書をこなすだけの授業よりも準備に時間がかかると思います。
こうした授業ができるのは、灘の生徒だからという声もありそうですが、「あなたは中学時代の授業の内容を覚えていますか。先生のことは覚えていても、何を読んだかまでは覚えていないんとちゃいますか。何も残っていない。ゼロ。そうしたことを自分はやってたんやなぁ、と思った。」というのがきっかけだそうです。これは、先生をされているのであれば、誰しも思うことなのではないかと思います。
そうした授業を、弁護士になった生徒は「こちらで勝手に疑問をもつように、誰もが興味をもつような、それから自分でどんどんのめり込むような工夫のある授業だった」「一生忘れちゃいけないんだよ、という物の見方や感受性を伝えたかったのだと思います」と振り返ります。
また裁判官になった生徒は、「最後にものをいうのは法律知識でなく、教養などといわれる、ベースになるものの考え方。それを教えてもらった。」といいます。
「国語はすべての教科の背骨だ」という言葉はよく言われますが、それを鍛えるために、これだという本を選び3年間教えるには、教師の側にその本にとことん向き合い、深く入り込んだ経験がなければできないことだと思います。そうした一冊を持っているか、という質問は、かなりクリティカルな質問のように思います。
2ページづつ、各人で表題を付け、グループでどの表題がよいかを議論する。友達といろいろ話し合い、自分でわくわくするような発見をし、書き込んだプリントが、最後に研究ノートとして一つの冊子になる。こうして、ゆっくりと、ゆたかに流れる時間に浸るような授業が受けられる中学校っていいですよね。
http://www.amazon.co.jp/奇跡の教室-エチ先生と『銀の匙』の子どもたち-伊藤-氏貴/dp/4093881634/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1370486376&sr=8-1&keywords=奇跡の教室
追記(2013年9月2日):
しかし、橋本先生に関する著作を色々と読むと、小説や古典について毎月課題作文を書いたり、古典についてグループ研究をして論文集を作成したりと、かなりハードな課題もあったようです。橋本先生は、「書く」ということの習慣化を特に意識されていたようで、体験を通じた知識の身体化や思考の深化を目的としたスローリーディングの背骨を支えていたのは、こうした課題だということがわかります。
すなわち、授業において徹底的に生徒の関心を高め、課題において生徒の心身を鍛え上げる、そしてグループ討議を通じて思考の幅を広げたり深め、プリントや論文集を和綴じにして目に見える形にして学習ポートフォリオを作成する、という様々なアプローチを統合した授業をされていたことがわかりました。
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