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2015年6月8日月曜日

国際バカロレア 理科

1.科学とは何か・科学的試みとは何か
1.1. 科学は、「万物には、人間の感覚で認識でき、人間の理性で理解できる、自律的な外的現実性がある」ということを基本的な前提としています。
1.2. 純粋科学は、この万物について共通の理解に至ることを目的としています。応用科学や工学は、新しい方法や製品につながる技術を開発します。ただし、これらの領域間の境界は曖昧です。
1.3. 科学者は、幅広いさまざまな方法を組み合わせて、科学のプロセスをつくり上げています。「科学的方法」は1つではありません。科学者は、その知見や考えを構築するために、その時々に応じてさまざまな方法を用いてきました。また、それは今日も同様です。科学者は、そうしたさまざまな方法について、どのようなことが科学的に妥当であるかについての共通理解をもっています。
1.4. 科学は、刺激的かつチャレンジに満ちた冒険です。多大な創造性と想像力、そして厳格で、きめ細かな思考と知識の活用を必要とします。科学者は、予期せぬ、驚くべき、偶発的な発見にも備えなければなりません。科学の歴史は 、 そのようなことが非常によく起こるということを示しています。
1.5. 多くの科学的発見は、直観のひらめきを伴います。また発見の多くは、特定の現象に関する推測、または単純な好奇心に端を発しています。
1.6. 科学者は、共通の専門用語と共通の推論のプロセスを用います。そのプロセスとは、類推と一般化を用いた演繹的推論と帰納的推論を指します。また、科学者は、科学における言語として「数学」という強力な道具を共有しています。実際に、いくつかの科学的な説明は、数学的な形式でのみ存在しています。
1.7. 科学者は、主張に対して懐疑的な態度をとらなければなりません。科学者がすべてを信じないということではありません。主張の真偽を信じるに足る根拠を得るまでは、判断を保留するということです。こうした根拠は、証拠と議論に基づきます。
1.8. 証拠が重要であるということは、根本的な共通理解です。証拠は、観察または実
験によって得ることができます。証拠は、人間の感覚(主として視覚)を通じて収集しますが、非常に小さいものや非常に遠い場所、あるいは人間の感覚では知覚できない現代科学の領域では 、 遠隔操作および自動で情報を収集できる設備やセンサーを用いています。改良された設備や新技術が、しばしば新しい発見への推進力になってきました。また、観察とそれに続く分析および推論が、宇宙の起源に関するビッグバン理論や、自然選択による進化の理論につながりました。これらの理論の場合には、コントロールされた実験を行うことは不可能です。地質学や天文学などの領域は、フィールドでのデータ収集に強く依存していますが、一方で、どの領域でも、証拠を収集するために、ある程度の観察を行うといえま
す。証拠を得る別の方法としては、コントロールされた環境での実験(一般的には実験室での実験)が挙げられます。データの形で証拠を得るのです。
(以下、略)

ねらい
1. 刺激的でチャレンジに満ちた機会を通じて、グローバルな文脈における科学研究とその創造性について理解する。
2. 科学技術を特徴づける知識体系、方法、および手法を習得する。
3. 科学技術を特徴づける知識体系、方法、および手法を応用し活用する。
4. 科学情報を分析、評価、統合する能力を身につける。
5. 科学活動の中で、効果的な協働およびコミュニケーションの必要性と価値に対して批判的意識を身につける。
6. 実験および研究に関する科学的スキルを身につける。スキルには、現在、利用可能な技術を活用することを含む。
7. 科学を学ぶことを通じて 21世紀のコミュニケーションスキルを身につけ、応用する。
8. 科学技術を用いることの倫理的影響について、グローバルな社会の一員として批判的な意識をもつ。
9. 科学技術の可能性とその限界についての理解を深める。
10. 科学の学問分野間の関係性と他の知識分野への影響についての理解を深める。

「物理」「化学」「生物」その他、日本語訳された資料は以下のページから取得できます。
http://www.ibo.org/en/about-the-ib/the-ib-by-region/ib-asia-pacific/information-for-schools-in-japan/

2013年11月14日木曜日

初歩から学ぶ生物学

「初歩から学ぶ生物学」の著者は最近さんまさんのテレビで見かけることが、文章の方がよっぽど面白い。
新聞では倫理や政治経済の問題が割愛されていましたが、
「生きていることとはどういうことなのか」など、大学に入ってからの学問では、問いの土台となる哲学の芯があるかも大事になってくるのだなぁ、と感じる本です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/404703357X/ref=oh_details_o04_s00_i00

2013年11月9日土曜日

田部の生物Ⅰをはじめからていねいに

「生物Ⅰ」という名前を見ると暗記科目と思ってしまいます。いろいろな図が入り、その説明が載っている教科書はまさにそのイメージの象徴です。しかし、無機質な情報の羅列では記憶できません。

例えば、生徒に教科書を読ますときに、小さい頃に野原で何かを発見した驚きを友達に伝えるような語り口調で読ませてみるのもよいかもしれません。
また、教師が読むときにも、小さい子どもが尋ねてくるような疑問「細胞なんて小さくて見えないのに誰が細胞があるって言ったの?」とか、「自分はどこから来たの?」という問いを、行間に挟んでもよいかもしれません。
ちなみに、「自分はどこから来たの?」という質問を4歳の時に持ち、「宇宙から来たのではないか」と思い、そのまま生物学者になった長沼毅さんという方もいます。

はたまた、教科書に書いてある図を、ノートの見開き一杯に自分でもう一度描いてみる、というのも良いかもしれません。

東進の田部先生の本をながめて、
「生きる」ということの根源を問う視点に立ち、発見した時の感動とイメージを、口と手を使って再現することで、生物に関する知識が定着するのかなと思いました。

http://www.amazon.co.jp/田部の生物1をはじめからていねいに-生命の連続性編―大学受験生物-東進ブックス-名人の授業-田部/dp/4890853987/ref=sr_1_4?ie=UTF8&qid=1383971472&sr=8-4&keywords=田部の生物Ⅰ